32nd ACFE Global Conference : Dan McCrum氏（FRAUD CONFERENCE NEWS）

Dan McCrum氏

英フィナンシャルタイムズ（FT）の記者であるMcCrum氏は、ワイヤーカードの巨額会計不正をスクープした。ドイツの決済サービス業者だったワイヤーカードは買収を繰り返して事業拡大を進めフランクフルト市場に上場し、フィンテック企業の雄と目されていた。しかしMcCrum氏の6年に及ぶ調査報道により260億ユーロ以上もの資産を粉飾していたことが判明、同社は2020年6月に「19億ユーロの現金資産の所在が不明」と発表し経営破綻に追い込まれた。幹部が次々と逮捕されたが、主犯格の一人で同社のCOOだったJan Marsalek容疑者はドイツ国外に逃亡したとみられ、国際手配されている。同社の会計監査を担っていたEYは会計不正を見抜くことができず、監査のあり方についても大きな議論を呼んだ。ACFEはMcCrum氏の功績を称え、本年ガーディアン賞を授与している。

McCrum氏の一連の記事によって、最終的にワイヤーカードは破綻しCEOだったMarkus Braunは逮捕されたが、McCrum氏はドイツの銀行業界や規制当局に目の敵にされていた。McCrum氏の記事に痛いところを突かれたワイヤーカードが、McCrum氏が同社の株価を下げて空売りで利益を得ようとしているとほのめかしたからだ。

「18カ月もの間、ドイツ当局は私をワイヤーカードの株価操縦の疑いで捜査することに最も関心を寄せていました」とMcCrum氏は振り返る。当時ワイヤーカード株の時価総額は300億ドルでドイツ銀行よりも高かったという。

McCrum氏が取材にあたっていた頃、ワイヤーカードは私立探偵に尾行させて彼の社会的信用を貶めようとしていた。

McCrum氏のワイヤーカードの調査報道は、2004年にあるファンドマネージャーから、「ドイツの犯罪者集団に興味はありますか？」と尋ねられたことから始まった。

ワイヤーカードは、1999年にカード決済業者として創業した。ライバル企業を買収するなどして成長、2006年にはXCOMを買収してVisaやMastercardのライセンスを受けてクレジットカードを発行し、加盟小売店に代わって決済できるようになっていた。

ファンドマネージャーは、ワイヤーカードの会計不正はこれまで見た中で最もすごいとMcCrum氏に伝えてきた。ファンドマネージャーの見立ては、同社はアジアでの価値のない事業の買収に過大な支払いを行い、収益を偽装しているというものだった。McCrum氏は、ワイヤーカードが偽の現金資産を移動させて他の会計不正を行っていると考えて調査し、次のようなレッドフラッグを見つけた。

• 多額の収益があるのにフリーキャッシュフローがない
• 毎会計年度末に現金資産が全て企業買収に使われる
• ローカルとグループの勘定が一致しない
• 同業他社と比較して収益性が異常

McCrum氏の記事は当然のことながら反感を買った。2019年1月30日には、匿名のツイッターアカウントが「犯罪者McCrum・・・McCrumは刑務所へぶち込まれるだろう！」とつぶやいた。その翌日、ドイツのコメルツ銀行の株式リサーチアナリストHeike Pauls氏が、「昨日、かの有名なFT記者で連続加害者のDan McCrumが、またワイヤーカードについて批判的な記事を書いた。McCrumの記事は過去数週間で空売りが目に見えて増えた後に発表されている。株価操縦を狙っていることは明らかだ」と署名記事を配信した。

McCrum氏は仰天した。「ドイツに入国したら逮捕されるかもしれないなんて、考えたこともありませんでした。」

2019年7月、McCrum氏は2018年4月付のワイヤーカードの見込み客リストが全て虚偽だと突き止めた。これは決定的な証拠とまでは言えなかったが、2019年10月にFTはドバイとダブリンで収益を水増ししていたことを示す書類を公表し、ワイヤーカードが監査法人のEYに提出した書類に記載されていた顧客が存在しないことが明らかになった。

投資家がワイヤーカードに調査を要求し、KPMGが監査に乗り出した。KPMGは2020年4月、「支障（obstacles）がある」という言葉を繰り返し引用して、2016年～2018年にかけてワイヤーカードの利益の大半を占めていた事業の実態を確認できなかったとの報告書を公表した。ワイヤーカードの株価は暴落し、警察が本社の家宅捜索を行い、同社は経営破綻した。Braun元CEOは逮捕され、Marsalek元COOは国外逃亡しベラルーシ行きの航空機に搭乗するのが目撃されたのを最後に消息が途絶えている。

McCrum氏の無実は立証された。彼は刑務所に入っていないし、Braun被告は裁判を待つ身だ。「結局のところ、彼らの不正はどれも真実であるには良すぎたのです」とMcCrum氏は言った。