ACFE JAPAN20周年記念 カンファレンス 開催レポート
2025年11月11日
ACFE GLOBAL FRAUD CONFERENCE
第37回 ACFE Global Fraud Conference 現地レポート:ACFE JAPAN 専務理事・事務局長
日時:2026年7月12日(日)~17日(金)(日本時間)
場所:Massachusetts州Boston
2026年ACFEグローバル・フロード・カンファレンス体験記 ボストンにて
はじめに
7月13日から15日に開催される第37回ACFEグローバル・フロード・カンファレンスに参加するため、アメリカ・ボストンを訪れました。2024年7月にACFE JAPANの専務理事・事務局長に就任してから、初めてのグローバル・カンファレンス参加となります。就任前から本会議の存在は知っていましたが、組織の運営責任を担う立場として臨むのは今回が初めてであり、身の引き締まる思いでの渡米となりました。
本場アメリカで開催されるカンファレンスの雰囲気やボルテージを、この目と耳で直接体感したいという期待を持って現地に向かいました。
日本で報告書や記事を通じて伝え聞く情報と、実際に会場の空気の中に身を置いて感じ取るものとの間には、必ず違いがあるはずだという確信があったからです。
今回は現地で見聞きしたこと、そして考えたことを、率直に記録しておきたいと思います。
ボストンという街の歴史
会場となったボストンは、アメリカ独立の物語そのものと言ってよい街です。1630年に清教徒たちが入植して以来、ボストンはアメリカにおける自由と自治の思想が最初に育った土地であり、ボストン茶会事件やバンカーヒルの戦いなど、独立戦争の重要な舞台となりました。フリーダム・トレイルと呼ばれる赤いレンガの道をたどれば、旧州議事堂やポール・リビアの家、独立戦争の戦没者を祀る教会などが徒歩圏内に点在しており、街全体が一つの歴史博物館のような趣を持っています。
今回は日程の関係で、これらの史跡を実際に巡る時間は取れませんでした。それでも、街を移動する中で、ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学(MIT)を擁する知の集積地としての空気を肌で感じることができました。長い歴史の重みと最先端の知性が同居する、良き意味でのアメリカらしい雰囲気を、街のそこかしこから受け取ったように思います。
金融、バイオテクノロジー、教育産業が街の経済を支えており、保守的で伝統を重んじる気風と、最先端の研究が同居しているのがこの街の面白さだと感じました。不正対策というテーマを扱う国際会議が、この「規律と革新が共存する街」で開催されることには、どこか象徴的な意味があるように思えました。
建設中の空港
ボストンの玄関口であるローガン国際空港は、現在まさに大規模な改修工事の真っ只中にありました。
ターミナルEでは新しい多層駐車場の建設が進んでおり、完成は2028年頃と見込まれています。ターミナルCでも保安検査場の刷新やゲート周りの改修が進行中で、空港全体が慢性的な工事現場のような状態でした。空港運営当局はターミナル間の道路整備や郊外の遠隔ターミナル構想にも着手しており、増え続ける旅客需要に追いつこうと必死に手を打っている様子がうかがえます。
到着時、案内表示が工事の影響で分かりにくく、迂回を強いられる場面もありました。しかし考えてみれば、これは「制度は進化する、現実に応えられるか」という今回のACFEカンファレンスのテーマとも重なる光景です。既存の仕組みが現実の変化に追いつけず、絶えず作り直しを迫られる。空港も、不正対策の制度も、同じ構造的な課題を抱えているのだと、妙に納得しながら保安検査の列に並んでいました。
これに加えて、今回、私は初めてUberを利用したのですが、いきなりビギナーならではのトラブルに見舞われました。空港の駐車場は6階建ての巨大な建物である一方、Uberのアプリに表示される案内図は平面図しかありません。ドライバーから「何階に来てくれ」と指示が来ても、それがどこを指しているのか分からず、右往左往してしまいました。慣れた人には何でもないことなのでしょうが、初めての土地でのUber利用は、思いのほか手強いスタートとなりました。
快適な会場運営とボストンの味
カンファレンス初日、ホテルから専用通路でつながるカンファレンス会場では、私が到着した午前7時半には、すでにコーヒーと軽食が用意されており、多くの参加者が朝食を取っていました。
ランチタイムや各セッションの合間の休憩時間にも、常にコーヒーと軽食が準備されており、快適な状態で各セッションに参加することができました。
会場の隣には広大な食事コーナーが設けられており、2千名のCFEがそこで思い思いに過ごす光景は圧巻でした。コーヒーサーバーも会場のあちこちに配置されており、いつでも一杯手に取れる環境が整っていたことは、カンファレンスの快適さを支えていたと思います。
午後5時頃に各日のセッションを終えると、夜はボストンのレストランに繰り出しました。出張の楽しみの一つは、やはり現地の食事ですね。
アメリカと言えばステーキという印象を持つ方も多いと思いますが、ボストンに関しては話が別です。大西洋に面したこの街は、古くから漁業で栄えてきた土地であり、名物はロブスターやクラムチャウダー、生牡蠣といったシーフードです。
滞在中は現地の同僚やCFEの仲間たちとシーフードレストランを訪れる機会が多く、茹でたてのロブスターを豪快に食べるという、なかなか日本では味わえない体験をしました。とは言いながら、5日間の滞在中にはステーキハウスにも行きましたが。
オンライン参加が増え会場出席の参加者が減っている
今回のカンファレンスに参加してみて、率直な第一印象は「グローバル・カンファレンスは参加者が多い」というものでした。
2026年は会場参加が約2千名、オンライン参加が約3千名という規模だとのアナウンスがありました。それでも、コロナ前、すなわちオンライン会議が発達する以前からすると、会場出席者は大幅に減少しているとのことです。
ここ数年の航空料金の高騰なども背景にあり、オンライン参加が増えること自体は致し方ない面もありますが、実際に会場の熱心な雰囲気を体感すると、やはり年に一度、直接顔を合わせられる機会は大切にしたいと強く感じました。
以前は会場に祭りのような賑わいの演出が多くあったそうですが、今回はアイリッシュダンスのパフォーマンスが催された程度でした。それでも、私にはそれが十分に新鮮に映りました。ACFE JAPANのカンファレンスにおいても、会場出席のモチベーションを高める工夫として、こうした演出面の検討をしてみたいと感じました。
学びに投資を惜しまない世界の実務家たち
もう一つ、正直に書いておきたいことがあります。カンファレンス会場やその周辺の研修プログラムを見ていて痛感したのは、世界の専門家たちが「学びに対してお金を惜しまない」という事実です。
2026年のカンファレンスの参加料は、メイン・カンファレンスの会員価格でおよそ1,595ドルでした。最近の円安傾向で考えれば、25万円程度に相当します。もちろん、これに往復の航空券や宿泊代を加えれば、費用は100万円近くに膨らみますので、決して簡単に出せる金額ではありません。
それでも、会場にはアジア諸国やヨーロッパ、アフリカからの出席者が数多く見受けられました。日本からの距離が変わらない国々からも、これだけの費用をかけて学びに来ている実務家が多数いるという事実を目の当たりにすると、学びへの投資に対する世界の本気度を痛感せざるを得ません。
その中で、日本人の参加者は私たちスタッフを除くと1名だけ、それも米国在住の方でした。これは看過できない数字です。
日本人CFEの学びへの投資意欲が、世界水準と比べて著しく低いという現実を、数字として突きつけられた思いがしました。
予算がない、休暇が取りにくい、英語の壁がある。しかし、それらの事情を差し引いても、この差は構造的な問題として直視する必要があります。日本におけるCFE資格の定着を目指す立場として、この「学びへの投資格差」をどう埋めていくかは、今後のACFE JAPANの重要な課題だと痛感しました。
セッションの概要と感想
ここからは、今回参加したカンファレンスの各セッションの中から、特に印象に残ったものをいくつか紹介します。
Donald R. Cressey Award受賞
マレーシア監査総監Wan Suraya Wan Mohd Radzi氏は、Donald R. Cressey Awardを受賞しました。その受賞スピーチでは、就任時に33年間手つかずだった監査法を改革し、監査対象を925から1,856機関(政府系企業GLCを含む)へ大幅に拡大したこと、そして「Follow the Public Money」の理念のもと、監査結果をリアルタイムで可視化する「Auditor General’s Dashboard」を構築したことが紹介されました。
同ダッシュボードは監査所見をデジタルで追跡し、デジタル監視・委員会審査・議会討論・公的調査の4本柱で説明責任のサイクルを完結させる仕組みであり、これにより2024年1月から2026年7月までのわずか2年半で、9億1,885万リンギットもの公金回収を実現したとのことです。
「不正は技術の失敗ではなく、統制・判断・文化・信頼の失敗である」との言葉には、AIやデータ分析がどれほど進化しても、最後に結果を決めるのは人間の価値観だという強いメッセージが込められていました。
国家レベルの監査制度改革をこれほど具体的な数字とスピードで語れる実務家が表彰される場に居合わせられたことは、大きな刺激になりました。
2026年Sentinel Award受賞
2026年Sentinel Awardを受賞したNoelle Webb氏は、製薬会社の営業担当として30年勤務した後、2014年に鎮痛薬の違法なマーケティングを拒否し、内部告発者となりました。以来11年にわたり報復や経済的困窮、個人的な喪失と闘いながら訴訟を続け、法的決着は2025年5月にようやく訪れたといいます。
告発を支えた自らの性格として「道徳的誠実さ」「粘り強さ」「不正の予兆に気づくパターン認識」の3つを挙げていました。
さらに脳科学の知見も紹介し、人が不正を目にすると、脳の中の「前部帯状回」という部位が葛藤の信号を発するそうです。多くの人はこの信号を見過ごしてしまいますが、告発者になる人は、この警告を無視できない、いわば見て見ぬふりができない性質を持っているのだと説明していました。
訴訟の半ばで出会った介助犬Tullyについて「文字通り自分の命を救われた」と語り、その後PTSDを抱える退役軍人向けの介助犬訓練にも携わるようになったそうです。
著書『Leash of Courage』(日本未出版)には、この壮絶な歩みが綴られているそうです。
「もう一度告発するかではなく、不正を見て報告しないでいられるか?」という彼女の言葉には、揺るぎない信念がにじんでおり、深く胸を打たれました。内部通報者への報復という構造は、決して日本だけの問題ではないのだと、あらためて痛感させられる時間でした。
不正のトライアングルは「人」から始まる
Inès Panou氏(CFE)によるセッションでは、国境を越えた監査の実務を通じて、不正のトライアングルにおける「動機(プレッシャー)」と「正当化」の側面が、いかに見過ごされやすいかが論じられました。
彼女は「機会」については統制の整備で対応できるが、動機と正当化は検知が最も難しいと指摘し、組織の「沈黙」が大きな危険信号になり得ると述べていました。
実際、彼女が内部通報制度の導入に際して従業員に安心感を尋ねたところ、多くが「安全だと感じない」と回答し、その後の調査で不正が広範に行われていたことが判明したという事例は、内部通報制度を専門とする私たちCFEにとって、極めて示唆に富むものでした。
組織文化における「本音を言える安全性」こそが不正の予防線であるという視点は、日本企業のガバナンス改革にもそのまま応用できると感じます。政府調達を狙う不正、信頼の構造そのものが弱点に
Linda Miller氏による政府部門の不正に関するセッションでは、医療保険、児童福祉プログラム、生活保護制度など、公的な制度が軒並み「信頼」を前提に設計されているがゆえに悪用されやすいという構造的な脆弱性が論じられました。
制度は善意を前提とするからこそ機能する一方で、その善意そのものが不正の温床になるという逆説は、日本の行政やコーポレートガバナンスの議論にも通じるテーマだと感じました。
虚偽自白を避けるための面談技術
面接調査の実務セッションでは、「自白は不正調査における黄金律」としつつも、誘導的な質問や過度な圧力によって虚偽自白を引き出してしまうリスクについて、具体的な事例とともに解説がありました。面談者の姿勢一つで調査全体の信頼性が損なわれかねないという指摘は、実務家として身の引き締まる思いで聞きました。
国境を越える組織犯罪報道 OCCRPの挑戦
登壇者はDrew Sullivan氏とPaul Radu氏、組織犯罪・腐敗報道プロジェクト「OCCRP」の共同創設者です。
OCCRPを立ち上げた2人が、自分たちの取材経験を語るセッションでした。
Radu氏は、あるルーマニア人実業家から「お金を盗まれた」と相談を受けたのをきっかけに、モルドバの裁判記録を調べたところ、ベトナム・ロシア・メキシコの麻薬カルテルなど、11もの犯罪組織が同じ資金洗浄のルートを使っていたことを突き止めた話を紹介しました。Sullivan氏は、アゼルバイジャン政府に投獄された自局の記者を助けるため、大統領一族の利権構造を暴く記事を20本書き続け、最終的に釈放につながった経験を語りました。
取材の危険についても語られました。スロバキア人記者が殺害された事件や、キューバで逮捕された経験も紹介され、犯罪組織側が今では弁護士やハッカー、元軍人まで雇って報道機関に反撃してくるようになったため、記者が背負うリスクは昔よりずっと大きくなっていると指摘していました。
金融犯罪の変化については、冷戦後にロシアから流れ出た大量のお金が、欧米のヘッジファンドやロビイストを取り込み、汚職と正規の経済が入り混じって、見分けがつきにくくなっていると説明されました。「犯罪をひとつの国と考えたら、世界で3番目に大きな経済規模になる」というたとえで、その規模の大きさを表現していたのが印象的でした。
対策としては、ビッグデータとAIを活用することが鍵だと述べ、OCCRP独自のデータベース「ALIF」(これまでに集まった約3,500件の内部告発情報を整理・分析するシステム)が紹介されました。さらに、若い世代にも興味を持ってもらうため、ビデオゲーム(「Dark Money」というマネーロンダラー体験型ゲーム)や映画制作にも取り組んでいるという、報道の枠にとどまらない新しい試みも紹介されていました。国境を越える犯罪に対抗するには、国境を越える取材の連携が必要であるという姿勢に、調査報道の役割の重さをあらためて感じさせられました。
AIによるディープフェイクの脅威と対策
登壇者はHany Farid博士(ダートマス大学教授、AI・ディープフェイク検知の専門家)です。
Farid博士は、AIによる偽動画・偽画像づくりの進化スピードがものすごく速くなっていると話しました。以前は技術の変化に1年半くらいかかっていたのに、今はわずか2週間ほどで変わってしまうそうです。
実際、AIで作った偽の写真や動画はもう本物と見分けがつかないレベルになっていて、音声もたった15秒分あれば他人になりすませてしまうといいます。人間がAI画像・動画・音声を見分けられるかを調べた実験では、正解率はほぼ「当てずっぽう」と同じくらいだったそうです。
対策として、2つの方法が紹介されました。
1.後から調べる方法:提出された写真や動画が本物か偽物かを、あとで専門的に分析する
2.最初から証明しておく方法:撮影・録画した瞬間に「本物」だと証明できる仕組み(電子透かしや署名など)を組み込んでおく
お金に偽造防止の透かしを入れるのと同じ考え方だと説明していました。
質疑応答では、次のような話も出ました。
•偽の運転免許証やパスポートは、今のところまだ見破るのが難しい
•銀行など金融機関は、AI詐欺への対応がかなり遅れている
•就職・採用の場面で、AIでなりすました応募者が急増していて深刻な問題になっている
•家族や仕事仲間との間で「合言葉」を決めておくと、なりすまし電話を見破るのに役立つ
(博士自身が声を偽装された実体験を紹介)
•SNS各社に「これはAIで作られたコンテンツです」という表示を義務づけるべきだという意見
(良い・悪いを判断するのではなく、食品の成分表示のように、ただ情報として伝えるだけのラベル付け)
アメリカでは現政権のもとでAI規制に関する以前の指針が撤回された一方、EUやイギリス、カナダ、オーストラリア、アメリカの一部の州では規制を強める動きが進んでいると述べ、「なぜそう判断したのか説明できるAI」であることが大切だと締めくくりました。
AIの「真実」と「無知の傲慢さ」
登壇者はAlessio Faccia氏(バーミンガム大学ドバイ校 財務学准教授)です。セッション名は「AI and Fraud Analytics and Audit: Aligning Language Models with ACFE Standards」(AIと不正分析・監査:言語モデルをACFE基準に整合させる)でした。
Faccia氏はまず、AIを不正審査や監査に使うときにぶつかる、ある矛盾について話しました。AIは物事を「圧縮・要約」して、手っ取り早く済ませようとする道具です。ところが不正調査や監査の仕事は、その逆で、証拠を一つひとつ積み上げて広げていく作業です。
この向きの違いこそが、AI活用の一番の難しさだといいます。理由はシンプルで、AIは「次にどんな言葉が来そうか」を確率で予測しているだけの仕組みであり、白黒はっきりさせるべき「証拠」を扱う仕事とは、そもそも相性が良くないからです。
続いて、実務で使える具体的なコツがいくつも紹介されました。まず、AIは「トークン」という単位で言葉を数えながら処理しているため、この仕組みを知っておくと無駄が減らせます。たとえば、PDFファイルをそのままアップロードすると、AIが読み込む段階でデータ量が膨らんでしまいます。代わりに、あらかじめ軽いTXT形式に変換してから読み込ませれば、消費するデータ量を9割近く減らせるそうです。
また、AIに対して丁寧な言い回しを使う必要はなく、それはただの無駄になるだけだといいます。
さらに、日本語など英語以外の言語でやり取りすると、AIの内部でいったん英語に翻訳してから処理が行われるため、その分だけ回答の質が落ちてしまうとのことでした。
機密情報を扱う場面では、「AIに直接データを見せて処理させる」のではなく、「AIにExcelのマクロ(Visual Basic)などの道具そのものを作らせ、それを自分のパソコンの中だけで、ネットにもつながずに動かす」という工夫が紹介されました。これなら、機密データを一切AIに渡さずに済みます。
もう一つ印象的だったのは、「AIが言うことは、多数派の意見にすぎない」という指摘です。
たとえば「破壊的イノベーションの代表例は」とAIに尋ねると、たいてい米配車サービスのUberという答えが返ってきます。しかし、この理論を最初に唱えたクリステンセン教授自身は、Uberはその代表例ではないとはっきり否定しています。
それでもインターネット上ではUberを挙げる情報の方が圧倒的に多いため、AIはその「多数決の結果」をそのまま答えとして返してしまうのです。
Faccia氏はこの現象を、自身の論文で「無知の傲慢さ」と呼んでいると紹介しました。裁判のように100%の確実性が求められる場面では、こうした多数決的な確率論に基づくAIの答えを、そのまま真実として扱うことはできないと強調していました。
AI・ソーシャルエンジニアリング・暗号資産が結びつく詐欺の脅威
登壇者はMark Evans氏(元刑事、現在はラスベガス警察のサイバー捜査担当。詐欺防止教育団体「Fraud Hero」の創業者)です。ACFEカンファレンス最終日のセッションで、「AI・ソーシャルエンジニアリング(人の心理を操る手口)・暗号資産」が組み合わさることで、詐欺がどれだけ巧妙・強力になっているかを解説していました。
冒頭、講師のEvans氏は実演として、同僚のLinkedIn動画をもとに、たった10分・費用7ドル未満で、本人そっくりの偽動画(顔も声もそっくりのディープフェイク)を作って見せました。それくらい簡単にできてしまうという、インパクトのある導入でした。
被害額については、2024年の詐欺被害はアメリカだけで208億ドルに上るとFBIが発表しているとのことです。ただし実際に警察に届け出る人は1割程度と見られ、本当の被害総額はその10倍以上とも言われており、被害の半分以上が暗号資産がらみだといいます。
詐欺がこれほど強くなった理由として、Evans氏は「人の心理を操る手口(ソーシャルエンジニアリング)」で近づき、「AI」で作業を大量にこなし、「暗号資産」でお金を追跡されにくい形で持ち去るという、3つの要素が揃うことで非常に効果的な詐欺になっていると説明しました。詐欺の基本パターンについても、「①きっかけとなる気を引くメールや電話→②もっともらしい話→③今すぐ動かないとまずいという焦らせ→④支払い」という同じ流れが、どの詐欺にも共通して見られると述べていました。特に「急がせること」が、被害者に冷静な判断をさせない一番の仕掛けだと強調していたのが印象的です。
代表的な詐欺の実例としては、最初に少額を儲けさせて信じ込ませ、大金をつぎ込ませる「豚を太らせてから売る」型の投資詐欺、約2,000万ドルの被害に遭いながらも1日で90%を取り戻せた企業向けのなりすましメール詐欺、パソコンに偽の警告を出して遠隔操作させる「テックサポート詐欺」などが紹介されました。中でも心に残ったのは恋愛詐欺の実例です。看護師の女性が偽医師に40万ドルを騙し取られた話や、詐欺だと分かった後も「話し相手が欲しくて」連絡を続けてしまった孤独な高齢女性の話は、聞いていて胸が痛みました。
最後に、AIによる詐欺の悪化についても触れられました。AIを使った詐欺は、使わない場合に比べて儲けが4.5倍にもなるというデータ(1件あたり平均320万ドル vs 72万ドル)が紹介され、声はわずか3秒分の音声があればクローンが作成でき、大量のメールや電話も自動でこなせるようになったとのことでした。
AI時代への取り込み
今回のカンファレンスで、最も熱量が高く、また示唆に富んでいたのが、AIをテーマにしたセッションでした。中でも、Costel Ion氏(CFE、インターポールを経て現在は大手金融機関に勤務)によるセッションは秀逸でした。
Ion氏はまず、参加者に「AIを不正調査に使う上での課題は何か」を問いかけました。会場からは即座に、誤情報の生成(ハルシネーション)、データプライバシーとセキュリティへの懸念といった声が上がりました。
世界の実務家であっても、AI活用への警戒感は共通しているのだと分かり、少し安心すると同時に、課題の普遍性を実感しました。
Ion氏が繰り返し強調していたのは「AIは調査官を置き換えるものではない」という一点です。
AIが生成した情報について最終判断を下すのはあくまで人間であり、調査の主体は人間、AIは補助でしかないという姿勢が徹底されていました。彼はこの点を「調査官がハードワークを行い、AIはそれを支援する存在であるべきだ」という言葉で表現していました。
具体的な活用場面としては、次のようなものが紹介されました。
•スコーピング(調査範囲の絞り込み):多数の申告や疑義がある中で、優先順位付けを行う際にAIが力を発揮する。
•eディスカバリー:メールやチャットメッセージなど、膨大な電子データの中から関連情報を抽出する作業。
•分析:時系列の整理や、コミュニケーションパターンの変化の検出。
たとえば、メールでのやり取りが突然チャットに切り替わったり、コミュニケーションが急に途絶えたりする変化をAIが検知できるという事例は、実務における応用可能性を強く感じさせるものでした。
•文脈やトーンの認識:「ご依頼の通り報告書をお送りします」という中立的な発言と、「なぜこれを疑問視するのですか」という発言の違いを、AIが感情的なニュアンスの差として識別できるという指摘も興味深いものでした。
一方でIon氏は、AIの本質的な限界についても率直に語っていました。
「AIは何が真実かを『知って』いるわけではない。ただ、何がもっともらしく聞こえるかを知っているに過ぎない」という言葉は、生成AIの本質を突いた指摘です。
AIは統計的にもっとも確率の高い次の単語を予測しているだけであり、その出力を鵜呑みにすることは危険だという警鐘は、私自身がACFE JAPANの業務でAIを活用する際にも、常に念頭に置くべき原則だと感じました。
また、実務上重要な指摘として、調査プロセスのいずれかの段階でAIを使用した場合、その事実を明記する必要があるという点、そして機密性の高い情報を扱う際にはプライバシー担当者と連携すべきだという点が挙げられていました。AIの導入は利便性だけでなく、説明責任とガバナンスの問題を同時に伴うという認識が、世界の実務家の間で共有され始めていることを実感したセッションでした。
日本において、AIを活用した不正調査や、AIを悪用した社会工学的攻撃(ロマンス詐欺、ディープフェイク、ビジネスメール詐欺など)への対応は、まだ議論の緒についたばかりです。
今回のセッションで得た知見は、私が構想しているAI防御ビジネスの方向性を検証する上でも、非常に有益な材料になりました。AIは調査官を置き換えるのではなく、調査官の能力を拡張する道具であるという世界標準の認識を、日本のCFEコミュニティにも丁寧に伝えていく必要があると感じています。
おわりに 今後への抱負
今回のボストン訪問を通じて、世界の不正対策コミュニティの熱量を、数字と体感の両方で受け止めることができました。学びに投資を惜しまない世界の実務家たちの姿勢、そしてAIという新しい変数にどう向き合うかという議論の深さには、多くの学びがありました。日本にはまだ伸びしろがあるということでもあり、これから追いつき、やがて世界に発信していく側に回れる余地は十分にあると感じました。
グローバル・カンファレンスだけでなく、今後はアジア太平洋、カナダ、そして機会があればアフリカで開催されるACFEの地域カンファレンスにも足を運び、それぞれの地域固有の不正リスクや対策の実情をこの目で確かめ、レポートとして発信していきたいと考えています。地域によって不正の様相も、CFEというコミュニティの成熟度も異なるはずです。その多様な現場を歩くことが、日本にCFE資格を定着させるという私自身のミッションに、必ず還元されるはずだと信じています。
2026年7月 ACFE JAPAN 専務理事/事務局長