第 29 回 ACFE 年次総会レポート (2 日目 基調講演 (General Session) 2)

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闇の中で真実を探す:映画監督がロシアのドーピングスキャンダルの発見を詳しく語る

Finding Truth in the Darkness: Filmmaker Details Discovering Russian Doping Scandal

グリゴリー・ロドチェンコフ (Grigory Rodchenkov) は、我々の知る典型的な内部通報者ではない。彼はそう呼ばれるべきではないと主張する人も実際いるだろう。彼は、センティネル (sentinel) の特徴には当てはまらないし、オリンパス社のマイケル・ウッドフォード (Michael Woodford) やエンロン社のシェロン・ワトキンス (Sherron Watkins) のように彼の努力に賞が贈られる可能性は低い。彼は長い間、国を、自分を、生き延びることを真実より優先してきた。しかし最後に映画監督でライターのブライアン・フォーゲル (Bryan Fogel) に助けられ、彼はそれらすべてより真実を選んで素晴らしい業績を残した。

6 月 19 日朝のセッションで、フォーゲルはアカデミー賞を獲得した自作のドキュメンタリー映画 "ICARUS:The True Story Behind the Russian Doping Scandal and Corruption" (イカロス:ロシアのドーピング スキャンダルの裏側) の舞台裏について語った。映画と同じ早いペースで、彼は参加者に、ドーピング、インタビュー、友情と、40 年以上続いた共謀の暴露を旅した 3 年について語った。

 

しかし、当初、「イカロス」はロシア五輪の腐敗に関するドキュメンタリー映画ではなかった。フォーゲルはまず、プロ スポーツ界でのドーピングが、いかにたやすく処罰を逃れられるかを証明したいと考えた。「ランス〔・アームストロング〕やその他のアスリートがドーピングをしていると知っても驚くことはなかった」。皆に愛されたツール・ド・フランス勝者の幻影を打ち砕くニュースについてフォーゲルは話した。「彼が、10 年以上、500 回以上のドーピング検査を受けて、すべてパスしたことが私にとって驚きでした。今に至るまでランスは陽性反応を示したことは一度もないのです」。アームストロングのドーピングはチームメイトが告白したことで明らかになったのであり、ドーピング検査で失格になったからではない。

自転車レースで広がるドーピングのニュースで、捕まらないことがどんなに簡単かを世界に見せようというアイデアが閃いた、とフォーゲルは述べた。「ドーピング対策は不正だと証明して見せようと決めました」と彼は言う。しかし彼は、調査や第三者によって証明するのではなく、自分自身でそれを明らかにしたいと考えた。そこで、彼はアームストロングの投薬方法を真似て運動能力向上薬を使う一方で、自分をアマチュア自転車レースで (その選手として) 鍛えてくれる人物を探さねばならなかった。

 

カリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) オリンピック ラボの元ディレクターに丁重に断られ、モスクワのロシア オリンピック ラボのグリゴリー・ロドチェンコフ所長 (当時) を紹介された。ロドチェンコフは、フォーゲルがシステムを欺くのに協力することに同意し、直接またはスカイプでの会話を録画するのを許可してくれた。しかし映画は計画どおりに進んだわけではなかった。世界アンチ・ドーピング機構 (World Anti-Doping Agency, WADA) とロシアの役人からの非常に強い圧力によって、ロドチェンコフは、解雇、もっと悪い場合は死の標的となってしまったのだ。

深夜、ロドチェンコフのために自分のクレジット カードで航空券を買ってから、フォーゲルの旅はそれまで考えたこともないほど危険なものになった。「当時これは映画に関することではなく、誰かの命を守ることだと分かっていました」と彼は述べた。二人のパートナーはニューヨーク タイムズと協力して、ロシアで何十年も行われてきた、国家が主謀するドーピング・スキームを暴露した。これが直接の原因となり、ロシアは 2018 年の韓国冬季五輪への出場を禁止された。

 

フォーゲルはロドチェンコフを支援し、弁護士、移民のための助言、米連邦捜査局 (FBI)、中央情報局 (CIA)、司法省 (DOJ) と協力して、最終的に彼の政治的亡命を助けた。

ロドチェンコフは米政府の証人保護プログラム下に置かれているが、ワシントンの議員はドーピングが罰せられるように変更を進めている。3 人の米国議員が the Rodchenkov Anti-Doping Act 法案を提出したのは先週のことだ。この法律では国際競技会でのドーピングは有罪となる。

 

このドキュメンタリーの中でフォーゲルは、ロドチェンコフの愛読書であるジョージ・オーウェル著「1984年」を紹介している。ロドチェンコフは、ロシア (当時はソビエト連邦) で初めて読んだとき、この本は禁書リストに載っていたことを認めながら、この本の一節を示した。彼は自分の人生を、この本の主要人物であるウィンストンが経験した世界のような自分自身の「学び、理解、受容」へとつながる一連の出来事にたとえている。彼は、モスクワ大学のアスリートだったときにドーピングについて、そしておそらく彼が成長した後で訪れるものを減感させる機能向上薬を母に与えられたことを学んだ。彼は、あらゆるものを犠牲にして勝つことが自分と仲間に期待されていたことを理解した。そして最後に、西側諸国とは信じられないほどレベルの異なるモラルや規則を伴う環境規範を受容した。

ロドチェンコフは、ロシアを脱出して米国に来る前にフォーゲルと話したときに、「1984年」から引用した。「我々は暗闇のない場所で会うことになるだろう」。ロドチェンコフの闇は晴れたがフォーゲルの映画から射す光で多くの人の目がくらんでいる。ワールドカップやその他 (の大会) はどうか?

 

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